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絵仏師・等伯の人生が物語るもの - 安倍龍太郎さん『等伯』

7 August, 2021
絵仏師・等伯の人生が物語るもの - 安倍龍太郎さん『等伯』

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水墨画をちゃんと見たことがあるか?

こう問われた時、きちんとした物を見たことがある。とはお恥ずかしながら、自信を持っていえない自分がいます。等伯の存在を知るまで、水墨画がどんなものかをふんわりとした理解でしかしていなかったのですが、本書を手に取って見方が大きく変わったように思います。

安土桃山時代から江戸時代にかけて活躍した水墨画家である長谷川等伯。

今回はそんな彼の生涯を描いた安倍龍太郎さんの著書『等伯』の魅力に迫ります。

壮絶な等伯の人生


三月、雨の降る寒空のもと、妻である静子と4歳になる息子の久蔵に見送られる場面から本書はスタートします。妻の静子は、代々仏教絵画を描くことを生業とする長谷川家の娘であり、本作の中心人物となる信春(等伯)は、もともと武家の生まれであったものの、11歳の時に長谷川家へ婿入りする形で、絵仏師としての人生がスタートしました。

作名ともなる「等伯」の名は、改名後の名前。長谷川信春という名を名乗ってその活動をスタートさせますが、その後二度の改名により長谷川等伯という名前となります。

等伯には兄がいました。そのお兄さんがこれまた大変癖のある方。幼い頃から武士の家庭に育った等伯は、兄の言うことは絶対であるといった教育から、兄の無茶苦茶ともいえる言動に終始振り回されます。等伯自身、そして周りの人の人生を大きく動かしていったといっても過言でないでしょう。

それくらい兄の影響は大きなものでありました。

絵師としての”戦い”


上下巻を通して本書の大きな部分を占めるのが、狩野派との争いの部分であります。この時代の絵師の集団としては最大のものであり、多くの門下生・お弟子さんを抱える集団した。その技術力の高さは大変なものであります。

信長や秀吉をはじめとした当時の将軍やお金持ちから支持を得ていた狩野永徳をはじめとする狩野派。そんな集団に食ってかかろうと命をかけて取り組んだ等伯の姿勢は、大きな見どころです。

等伯の人生から学ぶもの


私は本書を通して絵師、絵仏師であるからこその視点で見た物事であったり、世の中とはこういうものだという等伯の考えから多くのことを学んだように思います。

年心な日蓮宗信者でもあったとされる等伯は、毎朝6時には起きてお経をあげ、朝食をとり、師匠との打ち合わせののち、9時から仕事をはじめる。今でいう「モーニングルーティーン」をこなして一日をスタートさせたようでした。

これが等伯、また長谷川家という絵師の家系として、心技体を十分に働かすために必要なことであると考えていたようです。いつも通りの一定のリズムで過ごすからこそ、日々の心身の不調などに対して機敏に反応できるものなのかと、そんな当たり前のことを思い起こさせられます。

また等伯は表現を「病」とも考えていました。

それがどんなに綺麗なものであっても、真実を捉えたものであっても、煩悩からくるものであるのだと。ここに、絵師としての一つの哲学があるように思います。私なんかの一つの作業をここで引き合いに出すのも大変恐縮な気もしますが、デザインを考えたり試行錯誤することが好きな自分としては、デザインを形作っていく途中で負のスパイラルに陥ってしまうことが多々あります。

色々なサイトであったり、書籍、SNSの投稿多数見比べてトレンドを参考にして、こんなデザインだと面白いかな?とか、今っぽいのかな?と試行錯誤を繰り返していくわけですが、中でも特に配色を考えるときに無限ループに陥りやすいです。この色もいいな、あの色もいいなと変えていくと、やっぱり前の色が良かった、いや新しい方がいいか?と答えがわからなくなり、最終的にどの色でもおかしくなっているような気がするのです。まさに負のスパイラルであり、自分の煩悩に完全にやられてしまっている気がいたします。

等伯が表現する”病”は”いい方向の病”でありますが、私レベルでは、”負の病”となって表現が現れてしまいます。厄介なものです。あれほどの偉大な人でも病と考えるなら、私レベルの凡人ではもっとシンプルに考えなくてはならない気がします。

等伯はその人生の中で、時には追われることや、圧力をかけられることもありました。現代のような世の中とは違いますから、いつ殺されてもおかしくないような状況です。そうした困難に対峙した時であっても必死に家族を養い、守り、自分の求める絵を描き続けた等伯の姿が生々しく描写されていたのも印象的です。物語の終盤にはとても大きな仕事を請け負うことになりますが、その重圧を乗り越える姿にも、男としての覚悟が滲み出ています。

いかに自分のペースを乱すことなく目標に近づくのか。そのためには、先述のような毎日のリズムであったり、自分の心を内観して捉えるような視点が必要なんだとも痛感させされたように思いました。

東京国立博物館では、国宝にも指定されている等伯の「松林図屏風」が決められた期間見ることができるようです。本書を通して等伯の魅力に気づかされたからには、なんとしてでもその迫力を生で感じたいと思うところであります。

About the Author

suda

suda

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知的好奇心旺盛な20代。多趣味で、読書とプログラミングが好き。夢は妻と併用の木の温もりを感じる書斎を設けること。