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異世界と精神世界が調和した奥深い物語 - 梨木香歩さんの小説『裏庭』を考察する

8 December, 2022
異世界と精神世界が調和した奥深い物語 - 梨木香歩さんの小説『裏庭』を考察する

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物語全体を俯瞰で見ると、何かメッセージを感じられるって面白い。

今までファンタジー小説を読んできても、この様な読後の感覚に浸れたことがなかったので、すごく不思議で心地よいなと感じます。
『西の魔女が死んだ』でもお馴染みの梨木香歩さんの作品『裏庭』は、物語を通して何かメッセージというか、新たな見方ができる面白い作品でありました。

私の視点で考えたことや考察を記します。



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『裏庭』- 梨木香歩



まずは少しあらすじを。

『裏庭』は、現実と異世界とが混ざり合うファンタジー小説です。

とある街の一角にあるバーンズ屋敷という大きなお屋敷。別荘としても使われていたこのお屋敷は塀も高く緑も豊かなため、昔から地域の子どもたちが塀をよじ登ったり、抜け穴を抜けて入ったりして遊んでいたような場所でした。

主人公である「照美」は、友達の祖父である「丈次」からこの屋敷に関するお話を聞かされます。屋敷には広い庭があり、子どもたちが遊ぶようなお庭は「奥庭」と呼ばれていましたが、実は隠されたもう一つの庭「裏庭」があったのです。

丈次は昔、この屋敷に住んでいた姉妹と接点があり、実際にその「裏庭」へ行く方法を知っており、照美もその話を聞かされていました。

ある日、照美は学校へ向かわず、バーンズ屋敷へ向かい「裏庭」へ踏み入ることになるのでした。

異世界と自身の精神世界との連動

あとがきの後にある解説を心理療法家の河合隼雄さんが記されています。正直解説を読むまで、一つの小説・物語を読んだということだけで、その面白さだけで終わっていました。解説を読んで、やっと真の面白さに気づくことができました。

連動という表現があっているか難しいところですが、ファンタジーな内容でありながら一歩引いた視点で見るとファンタジーな物語全体が大きな意味合いを持っていることがすごく見事で面白いです。

先に簡単なあらすじをまとめましたが、本書は異世界へと入っていく物語。その異世界は自身の精神世界を昇華させたものとも捉えることができます。この点がこの本の面白さだと感じます。

主人公の照美は共働きの家庭で育ち、唯一の兄弟であった弟は小さい頃に病気で亡くなっています。弟の死後、一人でいる時間は増え、両親の性格もあってあまり愛情を感じられなかったはずです。異世界での冒険を通して、それら愛情、ひいては感情の「不足」が昇華されてゆきます。

ずっと一人っきりで、両親にも満足に相手されるわけじゃない。きっと照美は「いい子でいよう」とか、そんなことを思いながら生活してきたんだと思うんです。お父さんお母さんに迷惑かけないように、いい子でいようと。そんな様な描写も一部ありましたが、自分自身の感情を出さずに溜め込むことが、小さな照美にとって、どれだけ心や魂の成長を妨げているのか。大きな問題になっていたんだと感じます。

異世界での出来事を通して、照美はまた違った姿になるのですが、感情をきちんと表現することは人間にとってすごく大切なことなんだな改めて考えさせられます。

物語と仏教の相似


私は仏教に興味がありますが、この本に出てくる異世界での出来事の構図は仏教に説かれる教えにも近いものがある気がしました。

仏教には六道という教えがあって、天台宗をはじめとした宗派では十界という考え方があるとされています。地獄、餓鬼、畜生、修羅といったような苦しみの世界があって、それぞれの世界で痛みや怒りや飢えなど様々な「苦」を味わい、それらの世界を輪廻していくもの。

私は読みながらこの物語の中にも、六道や十界の苦しみの世界に似た描写が出てきている気がしました。自身の怒りが暴走する場面や、照美自身の魂が苦を通してまさに修行しているような、そんな仏教的な解釈もできる気がするのです。

著者の梨木さんがそうしたことを意図されて描かれたのかはわかりません。ですが、物語が仏教的な見方で解釈できるのもまた面白そうです。

それだけこの本は自身の心の問題、魂としての問題を主軸に描かれているんだと考えます。

---本のデザインも併せて、一見すると優しそうなファンタジー小説に思いましたが、きちんと読んでみるとずっしりと読み応えのある物語です。

梨木さんの描かれる世界観に惹かれました。

他にも梨木香歩さんの作品を読んでみたい方へ


梨木さんは他にも多くの作品を書かれています。
その中でも、私自身が巡り会ったおすすめの本を1冊ご紹介します。


私はエッセイもすごく好きで、最近は読む機会が増えてきました。



そんな自分の選書思考も相まって、新宿の紀伊国屋書店本店で出会ったのが梨木さんのエッセイ本『ここに物語が』でした。

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もう表装を見た時にこれだ!とジャケ買いをしてしまったのがこの本で、雰囲気からして惹かれた一冊です。

この本はエッセイ本でもありながら、梨木さんのこれまでの読書遍歴を辿っていけるかの様に、さまざまな本について感じられたことが綴られています。

どれも素敵で、自分自身の視野を広げていけるような本が多数登場します。

私も実際にこの本の中で紹介されていた一つである杉本鉞子の『武士の娘』という本を読みました。明治の時代、武士の娘として厳しく育てながら結婚を機にアメリカでの生活が始まる杉本さんの自伝的一冊です。結婚までの生活や、アメリカに行ってからのご自身の生活など、多くの葛藤や武士の娘として教えられてきたその精神についてが綴られています。

はるか昔から受け継がれてきた武士独特の精神と、今の私では到底持ち合わせていない様な忍耐力・精神力についてが綴られているその言葉の数々は、自分を律さなくてはならないな、と強く身が引き締まる思いでした。

『ここに物語が』は、こうして自分の中の価値観や精神・哲学をアップデートできる、そんな出会いができる一冊になっています。

『裏庭』をはじめ、こうした素敵な作品を書かれる梨木さんが読まれてきた本に触れることであったり、ルーツを辿ったりする意味でもエッセイを読んでみるのはすごくオススメです。

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About the Author

suda

suda

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知的好奇心旺盛な20代。多趣味で、読書とプログラミングが好き。夢は妻と併用の木の温もりを感じる書斎を設けること。