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人生の苦さを知る - ヘミングウェイ『老人と海』

11 October, 2021
人生の苦さを知る - ヘミングウェイ『老人と海』

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先日、読売新聞の書評欄にて本書を目にしました。書評欄のなかには名著を紹介するコーナーが設けられているのですが、そこで本書『老人と海』が紹介されていました。

ヘミングウェイという作者の名前を聞いたことはあるものの、実際に読んでみたことがなく、ヘミングウェイ作品に触れるのは今回が初めて。ですが、読んでいくうちに次々と展開されていくストーリーに、終始吸い込まれるような感覚で読み耽っていました。

名著とされる『老人と海』


本書は、84日間不漁に見舞われていた老人のとある日の漁について描かれています。老人は大きなカジキに遭遇。そこから繰り広げられるカジキとの死闘についてが描かれた物語です。

不漁が続いていた初めの頃、この物語のもう一人の登場人物であるマノーリンという少年と共に老人は漁を行なっていました。ですが、マノーリンは不漁が長引いていることから、両親より老人との漁をやめるよう言われます。その結果、少年は他の船で漁をすることに。

不漁続きであって少年も同船できず、老体に鞭を打つようにしながらも、85日目の漁ではとてつもなく大きなカジキと遭遇。そこからはカジキとの決死の戦い、海や天候を含めた壮大な自然、そして自分自身との戦いといった様々な”対峙”が、老人へ容赦無く襲いかかります。

漁そのものが”人生”であるとみる


本書は、老人の成功をただ描くだけの平坦なストーリー展開ではなく、見方によっては少し残酷と言いますか、悔しさも残る作品であると思います。

そうしたことを含めて本書を俯瞰してみますと、漁に出て様々な死闘を繰り広げ、良くも悪くも色々な起伏を味わう老人の姿こそがまさに”人生そのもの”ではないかと、私は考察しました。

途中、海や自然や、様々な生き物たちの姿がリアルに描写されています。それらは、老人を安心させる事もあれば、苦難のどん底に追い込む事もある。むしろ、苦の方が多いような印象でもありました。それほど大きくもないであろう船で老人が一人で漁をしているのですから無理はありません。

そういったところに、漁というものが人生そのものである気がします。海も魚も自然も、それらは老人の精神的・身体的状況など全く関係なく、ジリジリと老体を蝕むように、多くのアクションを起こして老人にくらいつきます。まさに、私たちが人生を過ごしていく中で、病気や人間関係、突発的な出来事に体や心を蝕んでいくように。

特に後半、カジキとの決着がついてから帰港するまでの展開には、多くのことを考えさせられました。

海の過酷さと現実と


また、少年は老人の姿を見て何を思っていたでしょうか。反対に、老人は少年に何か伝えたかったのでしょうか。

決して楽ではない漁を通して、身も心もボロボロになった姿を老人は少年に一番見て欲しかったと私は考えます。良くも悪くもこれが海の全てであると。そこには、自然の美しさや雄大さと合わせて、過酷さや残酷さというものも合わせられている。老人は、そんな海を愛してやまなかった。

だからこそ、長い不漁とそれに伴う周りからの視線も、そして激しいカジキとの戦いにも耐え抜くことができた。

少年は、その日の船に同船することができませんでしたがきっと、老人にとって一番同船して欲しかった相手であって、それは手を貸してほしいという思いだけでなく、とにかく自分の姿を見て感じて欲しかったという思いがそこには強くあったのではないかと思います。

---一度読み終えた時にには物語としての満足感を得ましたが、解説とともに再考してみるとそこには、文学としての学びと深い味わいが広がっていて、また違った満足感に満たされました。

老人の決死の姿から溢れる”愛”こそが、人生の中で大切にしたい”愛”である気がしています。

About the Author

suda

suda

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知的好奇心旺盛な20代。多趣味で、読書とプログラミングが好き。夢は妻と併用の木の温もりを感じる書斎を設けること。